あらためて思う。電車内でパソコン使うってどうよ?

ネットブックが大いに売れているからか、それとも無線LANで場所を選ばずにネットが使えるようになったからか、近頃、電車の中でパソコンを使っている姿を見かけることが多くなった。
はじめのうち、彼らを目にしても「仕事に追われるビジネスマン」なのだろうくらいに思っていた。

仕事熱心なことで。ご苦労様。

しかし私だったら電車内でパソコンを開くのは何だか気恥ずかしいし、何も電車に乗ってまでも仕事しなくてもいいではないかと思うのでパソコンを開こうとは思わない。
どうしても時間に追われて原稿を書かなければならないときは、ゲーム機のような小さな端末を持って入力することにしている。そして、操作をするときにはできるだけ両肘を腹につけ、腕が隣の人に触れないように注意する。お互い、不快な思いをするのは嫌だからだ。

電車内でパソコンを開くのが気恥ずかしいことについては、人それぞれだろう。
今や電車内では携帯を見るのは当たり前だし、ゲーム機に熱中するのを見ることだって珍しくない。
パソコンもそれらの延長線上にあるものだと考えれば、別段、特別なことではないのかもしれない。

ただ、私は新聞でさえ、混み合った車内で広げるのは周囲にとって迷惑だと考えるし、小さく折りたたんでまで読みたいと思わないから車内に新聞を持ち込むことはまずない。満員電車の中でもこれみよがしに新聞をひろげ、わざわざ折り返して読んでいるオヤジは昔からいるが、私には到底マネできない無遠慮な行為である。
そういう心性から見ると、携帯やゲームはまだしも、パソコンを使うのは如何なものかと思っていた。

だいいち、パソコンは携帯やゲーム機と違って、操作をするにはどうしたって両肘を脇につけて操作をする必要がある。
つまり、腕2本分、座席のスペースを多く要するわけで、ただでさえ体をくっつけて着座しなければならない電車のベンチでパソコンを操作すれば、それはきっと隣に座った人にとっては迷惑なことになると思うのだ。

そして昨日、私は実際にその迷惑を体験するはめになった。
私は仕事の約束のため、都心に出なければならなかった。
地方に住んでいる私が都心に出るには電車を乗り継いで1時間半ほどかかる。
最初に乗るローカル線は、いつも空いているので問題なく座れる。
しかし、終点まで行って東京方面に向かう快速電車に乗るときは、時間帯に関わりなく混み合って座れることは少ない。
できることなら座って行きたいと思っていた私だが、その電車に乗り込むとちょうど一人分、端から2番目の席が空いているのが目に入った。
私はためらうことなくその席に腰を下ろした。

ところが、その席の隣に座っていた男がパソコンを開いていたのだ。

男は、わりと恰幅のいい体で、おそらく30代前半。
年の割には髪をオールバックにしてポマードの臭いをさせていた。
格好はスーツ姿ではなく、黒っぽいポロシャツに同系色のジーンズ。
サラリーマンではないようだったが、膝の上にB5サイズのノートパソコンを広げ、一心にキーボードを打っている。
見るとはなしに画面を見ると、なにやら表やグラフがあって、男はしきりに画面を切り替えながら表に入力をしているようだった。

IT関係なのかな。
それとも株か何かをやっているのか?

まあ、それはいい。関係のないことだ。

ところがこの男、ガタイがいいうえにそれほど小さくもないパソコンを操作しているので、右ヒジが私の脇腹に密着して、しかもグリグリ動くからかなわない。

ああ、この席だけが空いてたのは、こいつがパソコンをやってるからだったのか。
そう気がついたときには電車が動き出していた。
そして電車が走ろうが止まろうが、男は手を休めずにパソコンを操作し、同時に私の脇腹をグリグリする。
ここでガマンできなければ席を立つか、男に一声かけるかのどちらかだろう。
私は座っていたかったので、後者を選んだ。

「さっきからヒジが当たって迷惑なんだけど」

すると男は言った。
「しょうがないでしょう。だいたい、座るのが無理だったんじゃないですか」
「私は空いている席に座っただけだよ。だいたい、こんなところで仕事をするのならグリーン車にでも乗ればいいだろう」

男は明らかにムッとして言った。
「何言ってんだよ。後から座ってきたくせに」
「後から座ろうと勝手だろう」
「ケンカ売ってんのか、この野郎」

私はどうすべきか。
頭に浮かんだのは、黙って席を立ち、男の鼻めがけて一発ぶちこんでやること。突然、鼻を殴られるとダメージは大きいはずだ。

しかし、私はこの後に仕事を控えていた。
無用なケンカで心を乱されるのは避けたかった。
もちろん、相手の方がガタイがいいし、年も若い。「ケンカ売ってんのか、この野郎」といった時点で、こいつもいざとなったらかなりやり返してくるだろう。

そうなったときに車内はどうなるか。
さらに、もし私が反撃を食らって眼鏡を壊されたり、歯を折ったり、あるいは顔を腫らしてしまったら、仕事はどうなるか。

それやこれやを考えて、私は黙った。
黙って、座り続けた。
できるだけ平然として、体を男に押しつけたまま。

男は、剣呑な言葉も忘れたかのように、再びパソコンに取り組んでいる。
その右肘は相変わらず、私の脇腹に押しつけられたままだ。

そうして20分ほど。
乗換の駅に電車が着いたので私は降りた。何事もなかったかのように。

その後、男がどこまで電車に乗り続けたのか、知りようもない。
しかし、男は降りるまでパソコンを操作していただろう。
そして、満員とまでは言わないまでも、たくさんの人が立っている車内の中で、男の隣の席は空いたままだったのではないかと思う。

とんだクソ野郎に出くわしたものだと思う。
できれば売られたケンカを買ってやりたかった。メタボ親父の私は負けたかもしれないが。

しかし、この経験から間違いなく得た教訓はこうだ。
「電車の中(普通車両の中で)パソコン操作をするのははた迷惑でしかない」。
もしどうしてもパソコンを操作する必要があるならば、迷惑にならないように細心の注意を払うべきだ。そして、少しは周囲に対して申し訳ないと思いながら「仕事」をするべきだと思う。

今日も電車の中でパソコンを開いて一心に操作をしている人間がいることだろう。
その手の人間が、すべて昨日私が出会ったようなクソ野郎だとは限らない。

けれども、電車の中は仕事場じゃない。
迷惑なことはしちゃいけない。
私は今後、車内で迷惑を顧みずパソコンを操作している男を見かけたら、そいつのことを「クソ野郎」と思うことに決めた。